​オストフロント1944レギュレーションの参考

これは12/22 23日に和歌山のサバイバルゲームフィールド、バトルランドにて行われるリエナクトイベント

オストフロント1944のレギュレーションについて当団体が一部解説したものである。

※運営とは直接関係がありません、あくまでも有志が解説したものですので苦情等はLuedersKaserneにお寄せください。

​オストフロント1944ドイツ軍歩兵科兵卒 基本装備参考例

​本項ではオストフロント1944のレギュレーションに適合した44年の東部戦線であり得た兵卒の基本装具について解説する。

​各装具の詳細については既に主催HPにて説明済みであるので割愛する。

※資料提供 Steiner氏 牛島えっさい氏 ありがとうございました。

①: 野戦服 

②:歩兵用装備サスペンダー

③:弾薬盒

​④:バックル

⑤:31年型ツェルトバーン

⑥:雑嚢及び水筒、飯盒

​⑦:携帯シャベル※画像は折りたたみ型

​⑧:ガスマスク携行用コンテナ

⑨:銃剣

​野戦服の着こなしの仕方

1934年制定服装教範Anzugsordnung für das Reichsheerによると野戦服のは次に示すように着こなすこととある。

野戦服:野戦服は下着の上に着てぴったりのサイズを選択すること。また行動中に支障がでないサイズを選ぶこと。

兵士は両腕を頭の上に持ってくることができなければならない。服の下端は尻を覆うようにすること。

袖は手首下3cmの位置にくるようにすること。(親指の関節の位置まで)

襟周りの長さは次のようにあるべきである: 襟と首の間を指2本で掴むことができ、差し込んだまま襟を一周させられること。

開襟は命令がない限り禁止とする。

肩章は肩の真ん中に位置し、正中線は直角をなす。

バックルは野戦服の下から二つ目のボタンの真ん中に位置する。

ベルトを締めたときにできるしわは、まとめて脇の下にもってくる。

​下記の画像は規定に沿って当団体で着こなしを再現したものである。

​ベルトの着用によって出てきたしわを後ろに持っていき脇の下から伸びる服の線に沿って纏める。これによって前のしわも後ろのしわも伸ばすことができる。

弾薬盒を装備している場合は、34年版服装教範によると一様に

Reibertによるとマッチ箱一個分離すとある。ただ公式の教範からマッチ箱一個分という表現は当団体ではまだ確認していない。

Kochgeschirr 飯盒に関して

​飯盒に関して、良く戦後品が代用で使われやすくまたレプリカもある飯盒に関して

戦後連邦軍型の物と大戦型を比べてみる。

​連邦軍型飯盒

​大戦実物飯盒

連邦軍型の特徴としては中子があり、耳金の形が大戦型と大きく異なるという2点だ。

​この点から言えば、飯盒について現時点で代用として相応しいものは戦後東ドイツ軍、赤軍、ベルリン警察などの飯盒であろう。

Schanzzeug 携帯シャベルに関して

​携帯シャベルに関して、戦後同型品とされているものも多くその中には長さが極端に異なるものも存在するのでストレート、折りたたみ型を規定、実物の両方から比較してみる。お手持ちのレプリカ、戦後代用品がどうであるかを確認してみてほしい。

但し、携帯シャベルに関してはリベットがついた第一次世界大戦型の物も多く使用されたことやオーストリア軍などで使用されたシャベル覆いなども使用されたことも加味しなければならない。しかし、現在国内で販売されている後期型と称する裏蓋がついていないタイプの実物は

存在しない。

Brotbeutel 雑嚢に関して

​雑嚢に関して、いくつか存在するバリエーションの中から代表的な3つを紹介する。

①初期型雑嚢 戦前から生産されていたタイプで本体はフィールドグレー ループに革の補強が付いている。

②中期型雑嚢 1942年ごろから使用が開始されたもので、革の補強が存在しない。

③44年型雑嚢 1944年11月20日付で採用された雑嚢 真ん中のフックをループに変更したり内部にポケットを新設し機能性を向上させた。

     ①      ②      ③

さて、販売されている一部のレプリカは戦後品の雑嚢をもとに生産されているものがある。戦後ドイツ連邦軍その他で使用された雑嚢と戦中型(戦前型)との大きな違いは水筒などを通すループの長さの違いだ。これは戦中でもいくつか長さの違いはあるものの基本的には戦後品よりかは短くなっている。そこでオストフロントのレギュレーションに適合した実物のループの長さを測ってみたのでお手持ちのレプリカと比較してほしい。

 Einheitsfeldmütze 43年採用統一野戦帽に関して

Einheitsfeldmütze 43年採用統一野戦帽 (※以下規格帽とする。)とはどのようなものなのか?規格帽はHV43B No352で全軍統一の野戦帽として43年に導入された。新規に製造するまでのつなぎとして既存の42年型野戦帽に鍔を付けるなどの改造も行われ比較的早く更新が行われた。新規生産されたものに関しては既存の改造品とは違い鍔の角度や通気穴の有無などで差異があった。よく議題に上がる通気穴に関しては初期に山岳帽を生産していた工場のイレギュラー品、42年型略帽生産工場のイレギュラー品など様々な説が上がるが基本的には通気穴は存在しない。

 

HV43B No352

 

 

 

​ここで国内で生産されている既存のレプリカと実物を比較してみる。

どうだろうか? レプリカで大小の差異はあれど実物と比べると形に大きな差異がある。 実物はあくまでも舟形野戦帽の延長線上で設計されており最初から丸い裁断で設計されたレプリカとの間の大きな差異の原因となっている。なぜこのような差異が生まれたのか?

​まず認識しなければならないのは山岳帽と規格帽は完全に別物であるということだ。次の写真を見てみよう。

​左の写真は規格帽 右の写真は山岳帽の写真である。 比較してみると規格帽の天面の舟形の形が浮き彫りになり42年型野戦帽に鍔を付けた発展型であることがよくわかる。

​上記の写真を見ても、規格帽の特徴がよく分かる。またここで注目してほしいのが写真内のすべての規格帽の帽章の部分がソフト帽のようにへこんでいることだ。ドイツ兵は鍔付きのこの帽子をソフト帽と同じように考え、かぶり方、おしゃれの仕方など様々な点でソフト帽と同じように扱った。

M42改良型規格帽の典型例、鍔の角度や通気穴などで大きく差異がある。

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